デザートのチョコアイスを幸せそうに食べる快斗を見つめながら、白馬がおもむろに口を開いた。 「ねぇ、黒羽君。どうせなら今日は、泊まっていきません?」 食べることに夢中になっていた快斗が、「ん?」と顔を上げると、真摯な白馬の視線とぶつかった。 軽く顎を引いて、心持ち上目遣いになった琥珀の瞳が、真っ直ぐに快斗を見つめている。 目元にかかる柔らかな茶色の髪。 一瞬、快斗は息を飲む。綺麗な顔だと、時々、ハッとすることはあるが……。 と、自分を見つめる白馬の瞳に、僅かではあるが情欲の色がくすぶっていることに気づいて、 内心、ニヤリと笑う。 身体を重ねるような関係になってからしばらく経つが、 これまで白馬が受身になったことなど数えるほどしかない。 が、だからこそ、いつも機会を窺っている快斗としては、直感的にこれはイケる、と感じる。 逸る心をポーカーフェイスに隠したまま、快斗は胸中にんまりと笑った。 そんな快斗の、じっと見つめ返してくる瞳の奥――――その、妙にしっかりと合わさった視線の中に、 何か……不穏めいたものを感じて、白馬は嫌な予感を覚える。が、それが形を為す前に快斗が言葉をよこし、 思想の中断を余儀なくされた。 「ん〜、今日はちょっと無理だな。明日のこともあるし。せめて学校が休みだったら良かったんだけど……」 名残惜しげな物言いで、少し寂しそうに、微笑む。 「そう、ですか……」 覚悟はしていたものの落胆は拭いきれず。 快斗の切なげな表情も手伝って、白馬は言葉少なに答えて目を伏せた。 「出来れば泊まっていきたいところでは、あるんだけどさ……。 明日のこともあるから、あんまり身体に負担かけたくないし」 「……そう、ですね……」 しばしの沈黙。 「なあ、白馬」 「何ですか」 「オレだって、そういう気分なんだよ……?」 「……でも、仕方ないでしょう?」 細い声が、いかにも悲しげに響く。どこからどう聞いても偽りなく残念そうなのだが―――― 快斗の性格上、逆に、そこに腑に落ちないものを感じて、白馬は警戒を強めつつ慎重に答えた。 そして再び向き合った快斗の表情。 それが、相手に心の動きを見せないポーカーフェイスに変わっていることに気づいた時、 先ほどの予感は、急速に疑惑へと形を変える。 白馬の変化に、快斗は動じない。どころか、うっすらと笑って、 「だからさぁ」 と続いた言葉とその口調に、疑惑は確信へと変わった。 「抱かせてよ」 「嫌です!」 二つの声が見事にハモる。 あまりにはっきりとした言われように微かに頬を染めて睨みつける白馬とは対照的に、 快斗の方は余裕の笑顔だ。気づいて、普段の顔を取り戻しはしたが、瞳の険しさは増していた。 「オレの誕生日だよ?くれたって良いじゃんか。プレゼントだと思ってさ」 「誕生日プレゼントに人の身体を要求するなんて、はしたないとは思わないんですか、君は」 思いきり蔑みの口調と視線を浴びせられ、快斗は一瞬ひるむ。しかし次の瞬間、ニヤリと唇の端を上げると、 挑戦的な視線を白馬に向けた。 「べっつに〜。おまえだって似たようなもんだろ。"欲しい"って目ぇしてオレのこと見てたんだから」 ……――――絶句。 してやったり、と言わんばかりの快斗の顔に、白馬は彼の思惑通りに事を進めてしまったことを知る。 「僕は……っ」 数秒の経過の後、心底楽しそうに笑う快斗に応戦にかかり出そうと―――― した唇を、立てた人差し指に止めさせられる。 「なぁ、白馬……」 少し潤んだような、やわらかい光を宿す、漆黒の瞳。 いっそやさしく、慈しみさえ込めた眼差し。白馬が言葉を失う。 「誕生日プレゼントなんて口実だよ。オレは――――」 言葉を切り、流れるような動作でテーブルを迂回して、白馬の元へ歩み寄る。 瞳を覗き込んで、軽く触れるキス。 ――――おまえと居たいんだよ。おまえと一緒に、この、誕生日を迎えたいんだ。 甘えるように、耳元でささやく。ピクリと震えた白馬の、自分よりも一回り大きい身体を抱き込み、 「さぐる……」 と、滅多に呼ばないファーストネームで呼びかける。 「今日……だけ、ですよ」 諦めたような、少し不安げな様子の残る声。内心狂喜しながらも、「好きだよ」とだけささやく。 本当は「やさしくしてやるから」等々言いたかったのだが…… 以前似たような状況で、そんな台詞を吐き、羞恥心を煽られた白馬が抵抗して機会を逃してしまった、 という苦い経験がある故に――――ぐっと我慢して、快斗はただそっと、唇を重ねた。 翌日。 上機嫌な快斗とは裏腹に、いつもは紳士を気取る白馬が、むすりとした表情を崩さずに快斗を睨み続け、 周囲の人間を怖がらせたり不審がらせたりしたとか、しないとか。 おしまい☆ |
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