誕生日
 雨の夕刻だった。
 街灯のぼんやりとした光が反射する道を見つめながら、快斗は唇の端に笑みの形を刻んでゆっくりと歩く。 静かな街。道端の草木が雨音と共に揺れ、しっとりとした空気に含まれる、少し懐かしいような匂い――――。
「雨も、悪くねぇよなぁ。……仕事の時は困るけど!」
くすくすと一人つぶやいて、ぽんぽんと水溜まりを避けて飛ぶように、歩く。
 誕生日前夜、よかったら家に来ませんか、と、白馬が持ち掛けたのは二週間ほど前。 当日は忙しいでしょうから、と付け加えられた言葉に、快斗は笑った。
「もう誕生日パーティーやる年でも、ない気もするけどな」
幼馴染の影響もあるのか、いつの間にやら毎年恒例となってしまっているそれは、しかし今では、 すっかり快斗のマジックショーと化している。親しい友人たちだけからなる、内輪の小さなものだったが、 快斗自身も結構楽しみにしているものであった。 いわく、大掛かりなものが出来ないだけに、逆に腕の見せ所なのだ、とかとか。 で、年を追うごとに鮮やかに、まるで本物の魔法のようになってくる快斗のマジックには、 ネタを知っている者たちでさえ目を奪われることが多い。 今年も楽しみにしていますよ、と微笑んだ白馬に、まかせとけ、と快斗は胸を張った。


「さて、と」
屋敷と呼ぶにふさわしい大きな家の前にたどり着いた快斗は、お邪魔します、と誰にともなく言うと、 身軽な動作で背の低い裏戸を飛び越える。いつものことだった。 快斗が彼を訪ねる時、表の門から入ることはまずない。裏から入って、直接白馬の部屋へ、窓から侵入する。 初めは咎めていた白馬も、次第に何も言わなくなり、最近ではもう好きにさせている。 一度、何故そんなことをするのか訊ねたことはあるが、快斗の、「嫌がらせv」 というからかうような口調に脱力して以来、問いただしてくることはない。
「よう、白馬!」
当然のように開いていた窓を勢いよく開け、声をかける。 椅子に深く腰掛け、足を組んで本を読んでいた白馬が、目を上げて微笑んだ。
「いらっしゃい、黒羽君。少し、遅かったですね」
「雨だったからな」
「まずはお茶でも、と思っていましたが――――先に食事にしましょうか」

嬉しそうに、快斗が満面の笑顔を向ける。

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