追憶
 「楽しいか?」
ゆっくりとゆすり上げてやりながら、訊ねる。
「こんなことして、楽しいか、白馬?」
白馬の唇が何かを言いかけ、潤んだ切なげな瞳が向けられる。
 確かに、綺麗だと思った。だが、それだけだ。俺は奴のそんな表情を見たところで熱くはなれないし、 奴だってそれは一緒の筈。
 ――――それでも。
 互いの熱と感触と。皮膚から伝わる感覚が、錯覚を呼び起こす。
 白馬が俺をキツク締めつけ、俺はそれに合わせて、少し速いペースで突き上げる。 ……細い悲鳴。眉根を寄せ、苦痛と快感の中で、じっと何かを耐えているような顔……。
 そんな奴に、愛しさ、とも錯覚しそうな感情すら、沸き上がる。だがこれは、憐れみ。 それ以外の何物でもない。
 白馬の、恥らうような、訴える瞳。
「もう……限界か?」
極めてやさしく、猫なで声で問うと、白馬はわずかに視線を泳がせ、震えた。 一点を見据えているかに見える瞳は、実際のところ焦点がぼやけ、既に余裕の色はない……。 全く、可愛い反応をする奴だと、思う。
 ベッドの中での奴は、ひどく無口だ。 言葉を忘れたかのように、彼の唇は意味の為さない言葉を漏らす以外に、何かを発することはほとんどない。 会話は全て、目と、その身体の反応で行われる。
 ふっと笑うと、俺は一切の動きを止めて、じっと、白馬の顔を見つめる。 それからゆっくりと視線の位置をずらし、首筋、胸、腹、と……下るにつれ、白馬の身じろぎが大きくなる。 この状態は、俺にとってもやや苦しい。
「でもおまえ、焦らされるの好きだもんな」
荒くなる息を整えながら言うと、白馬の身体が大きく震えた。何か言いたげな気配。 唇から、吐息と、それに泣き声のようなものが混ざり始める。
「どうして欲しい?」
瞳を捉えて微笑むと、しばしのためらいの後、緩慢な動作で、震える手が伸ばされてくる。 俺の身体を存外に強い力で抱き寄せ、わずかに腰を揺らし……。
「いい子だ」
くすりと笑って言うと、彼の望む動きを与えてやる。白馬の顔に一瞬浮かんだ陶酔の表情は、次いですぐに、 それを必死に抑えようとするものへと変わる。
「耐えるなよ」
「……っ……!」
「素直に感じろよ、探」

 く・ど……う、く・ん……

 そう、聞こえた気がした。
「感じてろよ……何もかも忘れて、感じてろ」
言って、唐突に動きを激しくする。 指を絡めて玩ぶように弄くる奴のものの感触が、やけにリアルに指先に残る。 白馬は目を閉じ、じっと、与えられる感覚に身を任せている。そして時には、自ら誘うように動く。
「――――楽しいか……?」
掠れる、呟き。
 白馬の、髪を振り乱して悶える痴態が、目に映る。 別に、奴とのこんな行為にのめり込んでいる訳ではない。と、頭の片隅で何処か冷静に、 悲しく思う一方、感覚に翻弄されそうだ、とも思う。
「探……?」
激しい動きに、白馬の細い悲鳴が頻繁となる。薄く開かれた唇から、飲み下せずに唾液が伝い落ちる。 固く閉じられた瞳に浮かぶ涙。白い肌にくっきりと浮かんだ跡が、やけに目立って生々しい。
――――俺をこんな気持ちにさせるなんて、上等じゃんかよ……っ
 限界は、既に近かった。


 「――――おい」
呼びかけると、小さく返事は返る。
「間違ってる、とは、思わねぇか?」
ぶっきらぼうに訊ねると、「思いますよ、勿論」と、感情を何処かに置き忘れたかのような声で言う。
「なら、何で止めねぇ?」
「……」
「おまえが望んでるのは、単なる傷の舐め合いか?」
「……」
「白馬」
咎めるように呼ぶと、わずかに項垂れる。相変わらず背は向けたまま、こちらを見ようとはしない。
「単なる性欲処理なら、もう付き合わねぇぞ」
「……」
情けない顔をしているのは、見なくても分かる。丸まった白い背中に感じる、憐憫……。
 ため息をつく。
 くしゃりと髪をかき混ぜると、息を潜めるように身体を硬くする。
「……わぁーったよ。もうしばらくは付き合ってやるから、早く立ち直れ」
「――――すみま、せん……」
再び、ため息。
 身体から力が抜けるまで髪を撫ぜてやりながら、勝手に一人で逝っちまった怪盗に、 胸中で盛大に悪態をつく。悪口雑言――――罵っているうちに、やりきれない思いまで、甦る……。

 ――――なあ、服部……
ぼんやりと傍らの白馬を見やりながら、不意に、鮮明に思い出される存在。
 寂しい、のだろうか……白馬とこんなやりとりをした後は、やけに思い出されることがしばしばある。 彼と距離をおいたことを悔いている訳では、決してない。が、あの存在は、貴重だった。 朗らかで大きな包容力を持った、鋭い洞察力の持ち主。後から振り返れば、コナンとして暮らしていた時に、 己の真の姿を見極めていた彼の存在が、どれだけ大きかったか思い知らされる。
――――電話でも、してみるかな……
何時でもかけてこいや、と、携帯の番号を半ば強引に知らされてはいるものの、 自分からかけることは滅多にない。思えば電話も訪問も、出会った時から、 圧倒的に服部からのものばかりだった。自分はいつも動かなかった、と、本当に、苦笑気味に思う……。
「――――探?寝たのか?」
覗き込むと、規則正しい寝息が聞こえる。ふっと微笑んで、ポンポンと軽く頭に手を当てた。
「早く、立ち直れよ。いつまでも俺に、いなくなっちまった奴の面影なんか見てんじゃねぇ……」
自分でも驚くほどの、やさしい声。
 ふと、白馬の柔らかい髪が、指に心地良いと、思った。



END

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