たわむれ
 見つめ合う視線の近さ――――その眼差し。 頬や首筋をたどる指の動きと、抱くようにして腰に添えられた腕。
 そして幾度も幾度も、深く、浅く、戯れのように繰り返される口づけ……。
「悪くねぇだろ?」
やさしく穏やかな、というには少しばかり濃密過ぎる時間。
 酔いそうになる自分を抑えながら、気怠げに、白馬は不機嫌そうな面持ちを快斗に向ける。
「悪戯が、過ぎますよ……」
二人同じソファに凭れ掛かったまま、ずっと話し続けていた。 他愛もない話から最前線の学説云々、その他諸々、社会や経済といった話まで……。
 時を忘れ語り合う時間。
 気がつくと夜も更け、時計の針はとっくに翌日の日付を指していた。
 少し眠そうに快斗を見つめていた白馬に、快斗が手を伸ばしてきたのが小一時間ほど前。 以来、追い上げては止め、追い上げては止め、を快斗は繰り返している。
 眠りにつこうとすると強引に妨げられ、その気になりかけると鎮められる、その繰り返し。
 通常ならそんな行為を止めさせ、相手を論理的にやり込める思考も、時間帯の悪さと眠気の為か、 まともに動いてくれようとはしなかった。
 従って今、白馬は、身体に与えられる感覚を追うばかりとなっている……。
「黒羽、君……」
「オレ、こういうの大好きなんだよね〜」
さすがに、いい加減責めるようになった口調に、間髪入れず返答が返る。
「――――何故……」
「だから、好きなの!」
「……僕は眠いです……」
噛み合っているようで、いない会話。 快斗がほんの少し腕に力を込めると、白馬の身体は難なく彼に凭れ掛かる形となる。
「もう少し、付き合えよ」
「……」
「はーくーば!」
とろんとした瞳ににっこり笑いかけ、先程よりも強く、相手を煽るような口づけをする。
 初めはされるがままだった白馬も次第に応え始め――――ゆっくりと、快斗の背に腕が回された。
「なにが、面白いんです?」
唇が離れると、白馬は目で笑って言う。快斗の背を撫ぜながらの、問い。 快斗はにんまり笑うとその首筋に顔を埋め、
「おまえとの、ちょっと淫靡なスキンシップv」
語尾にハートマークまでつけて、うっとりとつぶやく。
 白馬の、笑う気配がした。
「そんなもの、いつもいくらだって……」
「ソノ気になっちゃったら、スキンシップにならねぇだろ」
眠気を帯びた、少し舌足らずな言葉をさえぎって、耳の後ろにキス。 白馬の、背を抱く腕の力が僅かに強まった。
「どこが、違うんです?」
今度は快斗が笑う。
「さあね。自分で考えな。オレにとっちゃあ、結構大きな違いだぜ?」
その言葉に、白馬は眠りの世界から現実世界へと大きく引き戻された。 焦点を結び始める瞳に悪戯めいた笑みを浮かべ、快斗は今度こそ思いきり濃厚なキスを仕掛ける。
「ちょっ……っ」
待て、と言うのを聞かず、舌を絡め取り、意図的な動きで身体に手を這わせる。 口腔内を蹂躙するかのような激しい口づけと、感じる場所を確実に押さえての、愛撫……。
 薄く目を開いて見やると、白馬の長い睫毛がうっすらと、涙を含んで震えいた。 理性を吹き飛ばすかのような光景に、快斗はぎゅっと目を瞑り行為に没頭する。
 ――――やがて、白馬の身体から力が抜け切るのを確認してからようやく解放すると、 崩れ落ちる白馬の身体を、快斗は両腕で柔らかく支える。
「黒羽君」
息を乱しながら、白馬が怒ったような、責めるような瞳で快斗を睨む。 その口調が案外しっかりしていることに肩をすくめつつ。
 不意にべったりと白馬に抱きつくと、
「寝るか……」
独り言を呟くように、耳元で言う。
 一瞬の、白馬の戸惑い。
 可愛いなぁ、と内心思いながら、快斗は白馬を押し倒すようにソファに横になる。 さすがにここで男二人眠るのは狭い、と思ったが、気にせず白馬の上に乗り、胸元に頬をすり寄せた。
「黒羽……君?」
「言ったろ、寝るんだよ」
これで話は終わり、とばかりに言い置いて、目を閉じる。
 ゆっくりとした規則正しい心音が心地よかった。白馬の手のひらが、快斗の髪をくしゃりとかき上げる。 くすぐったいような感覚にくすくすと笑いながら、快斗は少し頭を動かして居心地の良い場所に収めると、 しばらくの後、穏やかな寝息を立て始める。
「――――勝手、なんですから……」
ぼんやりと呟き、緩慢な動作で髪を梳いてやりながら――――
 白馬もそっと、目を閉じた……。

END

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