――――幸せですか……?



幸 福




 腕の中の穏やかな寝顔をじっと見つめながら、快斗は緩やかな動作でその髪を梳く。 指先に絡まる金茶色の、幾筋もの流れ……柔らかく、しなやかな手触り。
 目を覚ます気配のない姿に微笑み、そっと、手を頬へ滑らす。
――――ちょっと無理、させちまったかな……?
頭の片隅でそんなことを思いながら、頬から首筋へ、肩へ……。

――――愛してる、探

失えない存在だと、自覚しながらも口にすることのない想い。 気づいているのかいないのか、向けられる瞳に宿る想いは、いつも真摯でやさしく、そして激しい……。
 白い肌に均整のとれた身体。愛おしげになぞりながら、こみ上げる感情に、快斗は目を細める。
――――探……
不意に、首筋に顔を埋めるようにして抱きつき、大きく息を吸い込む。 ペロペロと、目に前の柔らかな皮膚を舐めていると、腕の中の身体が身じろいで、 くしゃりと、大きな手が快斗の髪をかき混ぜた。
「……くすぐったいですよ、快斗……」
まだ半分夢の世界にいるような声。かまわず続け―――― ふと、悪戯心を出して耳の後ろ辺りに舌をのばすと、「ん」と小さな呻き声がして、 後頭部を抱く手の力が強くなった。
「何、してるんですか」
完全に覚醒した声にクスリと笑って、甘えるような声で、耳の中へ名をささやく。
「誕生日、おめでとうな?」
白馬の、一瞬の沈黙。
「……それは、昨日ですよ」
ため息混じりの呟きに淡く笑って、快斗は目元に軽く口づける。
 昨日、8月29日、白馬の誕生日。 白馬自身は、恒例になっている親族一同を招いての誕生パーティに身動きが取れず、 快斗はといえば、しっかりキッドの仕事を入れていた。日付が変わる少し前に、 白い衣装のまま白馬の部屋に飛び込んできた彼は、来るなり熱い口づけと抱擁を仕掛けてき―――― 仕事帰りで興奮している時の彼の、いつものその行動に半ば諦めている白馬は、黙って受け入れ、 白馬自身の欲求も相まって、そのままなし崩し的にベッドへなだれ込んだ。
 移動するくらいの余裕がよくあったものだと、思う程の激しさ……。 己を映す快斗の瞳を魅入られたように見つめながら、白馬もただ強く、彼を求めていた。
「言う暇なんてなかっただろ?」
拗ねたような口調に顔を上げさせると、裏腹な、悪戯っぽく輝く瞳。そのギャップに小さく笑って、
「暇を作らなかったのは、君自身でしょう?」
と、微笑む。一瞬呆けたような表情をした快斗は、次の瞬間、人懐っこい満面の笑みを浮かべた。
「だってさぁ、くやしいだろ!」
「何がです?」
「――――おまえを独占できない日」
「……っ!!」
狼狽、歓喜、愛しさ……狂おしい瞳で食らいつくように見つめてきた白馬に、にっこりと笑い、
――――好きだよ、探
唇が微かに描いた、声なき声。頬をなぞる白馬の手にそっと自分の手を重ね、目を閉じる。 強く抱き寄せられる感覚。そして入れ替わる位置……。
 目を開ける間もなく、下りてきた口づけに誘われ、応えながら、快斗は強く白馬に抱きつく。
「これでおまえも、オレと同い年だな〜?」
クスクスと笑いを含んだ言葉に、白馬の抱く力が強まる。
「――――毎年追いかけっこですね、2ヶ月少々」
「……ああ」
「追いかけますよ、いつまでも」
口調の変わった白馬に一瞬黙って、快斗は顔を上げる。 真っ直ぐに見つめてくる、挑むような、包み込むような眼差し。 しばし見つめあい、快斗は小さく唇の端を上げる。
「……ずっと?」
ささやくように。甘い毒を含んだようなその声に、答えた白馬の声は、きっぱりと迷いがなかった。
「ずっとです」
思わず肩を揺らし――――……快斗は、声を上げて笑う。からからと、晴れやかな笑い声。 「あまりに不毛」だと、笑って言う。
 多少なりとも憮然としながら、白馬は快斗を抱き続けていた。
 そして不意に止んだ笑い声。目線を合わせると――――唇に触れる柔らかな感触。

―――― Happy Birthday, Saguru!

一日遅れだけどな…?


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