月夜
 この掌に、とどめきれず――――。


 白い衣を纏った姿に目を細め、新一は手を伸ばす。かすかに、微笑む気配。しかし影は動かない。
「快斗、なんだろう……?」
確信に満ちた、哀しげな笑み。 その慧眼の持ち主は、透き通った深い瞳に抑え難い感情をのせて、彼を見つめる。
 偶然が重なって起きた出会い。 もしあの時、一つでも歯車が食い違っていたならば、今の自分たちの表情はあるまい―――― そう考えて、キッドは嘲笑う。
「さあ?誰のことでしょう?」
ポーカーフェイスを、作れただろうか……新一は、顔色を変えない。
「どんなに否定したくても否定出来ずに残ったもの、それが真実。いつも、そう言っているだろう?快斗」
「私は――――」
「言うな!見え透いた否定の言葉なんて聞きたくねぇ。それよりオレが知りたいのは"真実"だ。 おまえの、"真実"だ。ビッグジュエルばかりを盗むのは?それをすぐ返すのは? そして宝石を月にかざすこと。オレに協力する訳。何か理由があるんだろう? 何故、そんなことをする?」
逃げることを許さない、射抜くような瞳。その瞳の鋭さと揺るぎなさに、キッドは微笑む。
「白馬探偵のようなことを言う……」
思わずムッとした新一にクスクスと笑いながら、近づこうとする彼を目で制し。 目を合わせたまま、そっと、立てた人差し指を唇に当てた。
「秘密、ですよ」
「キッド!」
「そう、それが私の名です、工藤新一探偵。質問の一部にお答えしましょう。 私が貴方に協力するのは、貴方と私の目的の利害が一致するからであって、それ以上でも以下でもありません。 私自身への詮索は、越権行為ですよ」
「おまえの目的とは何だ?」
「あなたには関係のないことです」
何が"関係ない"だ!――――そう、怒鳴りかけて、新一は言葉を飲み込む。 キッドの、静謐で怜悧な刃物のような雰囲気が、その言葉を言わせなかった。 これは自分の問題なのだと、確乎とした無言の意思表示。
「全ての謎を、解こうとするものではありませんよ、名探偵」
「――――それこそ、おまえに言われたくはないな。解かれることを前提とした謎謎を作っているおまえに」
フッと、挑戦的に笑いかけると、キッドは微笑む。少し、苦笑気味の笑顔。
「それもそうだ……長話をし過ぎました。またお会いしましょう」
「っ……キッド!」
呼びかけの言葉が、終わるまでの間もなく張られた煙幕と、そこにかき消える姿。
――――また、すり抜けて行く……!
とっさに沸き上がった焦燥感。
「快斗っ!!」
叫びは、届かない。脳裏をよぎるのは、快斗の、柔らかな日の光のような微笑み。
――――バーローッ!
何に苛立つのか分からぬまま、新一は大きく舌打ちする。
 心を捉えてやまない、謎。ふと、キッドに執心し始めた時の、服部の言葉を思い出す。

 「"生きた謎"は手強いで、工藤」

 ニヤリと、男前に笑った表情。「おまえだって興味あんだろが」。そう皮肉ると、だから言っているのだと、 くしゃりと相好を崩して、やさしい目で笑った。
 時に驚くほどの勘の良さを示す彼が、 一度の快斗との会話から何を感じ取ったのか新一には分からなかったが―――― 全くその通りだと、そしてそれでも解いてやると、新一は不敵に笑う。
「快斗。覚悟しとけよ、おまえ」
妙に猫撫で声となった自分の声を聞きながら、新一は、己の手をしばし見つめる。
 不意に、握り締める拳。
――――絶対につかまえてやる!
快斗も、キッドも、この手に――――と。



END




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