恋愛談義 | ||
「おまえのオレに対する感情は、恋とか愛とかの類じゃないよ」 髪を梳く新一の手に心地よさげに目を細めながら、快斗は咽喉で笑って、言う。 「おまえを欲しいと思う気持ちに、嘘はねぇけど?」 何故断言できる、というように新一が返すと、快斗はくすくすと声を立てて笑う。 「オレを追いかけるのは、新一が探偵で、オレをキッドだと思ってて、そしてキッドが捕まらないからさ」 「狩りの本能にすぎない、ってか?」 「そうそう」 ごろんと寝返りを打って、脇のローテーブルの上の菓子類に目を輝かせると、手を伸ばす。 その手をぐいと掴んで、新一は挑戦的に笑った。 「大して変わんねぇだろ、どっちだって」 少し強めの口調になる。快斗は肩をすくめた。 「……少なくとも、おまえの場合は違うと思うけどな」 新一は無言で先を促す。 快斗はテーブル上の菓子をちらりと見、小さく息をつくと、身体の向きを変えて新一と向かい合った。 「おまえのオレに対する感情は、解けない謎に執着するのと同じことだ。 でもオレを手に入れたところで、キッドの謎は解けないぜ?」 「……それは、どうかな?」 双方不敵な表情を浮かべたまま、数秒の沈黙が落ち――――ふっと、快斗の表情が和らいだ。やさしい瞳。 「おまえが"好き"で、失えないのは、蘭ちゃんと服部だ。オレじゃない」 「――――はっ?……服部!?」 すっとんきょうな声を上げた新一に悪戯っぽい瞳を向けて、快斗は菓子に手を伸ばす。 嬉々として包装を破り頬張りながら、突然の言葉に混乱している男を横目に、笑う。 「そ、服部」 「……オレはあいつのこと意識したことなんかねぇぞ?」 ひそめられた眉。疑わしそうな視線をものともせずに、快斗は着々と菓子の袋を空けていく。 「意識したことがない、か。盛大なのろけだねぇ……つまるところは、意識する必要がないくらい、 ヤツの傍は居心地良い、ってことだろ」 「!」 ニヤリと笑って、快斗は新一に軽く口づけた。甘ったるい匂いに、新一が顔をしかめる。 「おまえ、恋愛沙汰に関しては奥手だもんよ。色事より事件事件、って感じだしさぁ」 「――――ガキだって言いたいのか?」 剣呑に笑う新一に、「ゾクゾクするねぇ、その顔!」 などと軽口をたたきながら、快斗は不可思議な笑みを浮かべる。 「なぁ、新一。おまえはオレ相手に錯覚してる。 おまえが一番大事にしているのは蘭ちゃんで、心を許してるのは服部だ。 服部に対するのも恋愛沙汰とは違うのかも知れねぇが、少なくともオレのよりは近いと思うぜ。 自分で気づかねぇ?」 「――――そんなこと、考えたことねぇよ」 不機嫌そうに言って、新一が快斗をソファに押さえつける。 「納得いかない?」 「いかねぇな」 顔が近づいてき――――のしかかられて間近で見つめ合う形となる。が、快斗に動じた様子はなく、 ただいつものニヤニヤ笑いのまま、すうっと目を細めた。 「オレを、抱きたい?新一」 「……」 「おまえと良く似た顔と声で、こんな性格をした、高校生男子だぜ?なぁ、ホントに俺を抱きたい?」 敢えて新一の語調を真似て、快斗が、新一のような顔で笑う。 しばし止まった新一は、大きく息をついて快斗から離れた。 「おまえ、最悪……」 「最高、だろ。間違いも犯さずにすんだんだから!感謝してもらいたいくらいだけどなぁ?」 ニヤニヤとしたいつもの笑い顔。そしてそのまま、だらしなく寝そべり、再び菓子に手を伸ばす。 「――――シャツのボタンくらいしめろ」 「何だよ。おまえが外したくせに」 第三ボタンまではだけたシャツからのぞく、身体……。 「挑発してんのか?」 意地悪く問うと、その気もないくせに、とケラケラ笑う。 「色恋とは、別次元だろ、オレたち」 「……」 「キッドを追っかける時、血が騒いで身体が熱くなる……そりゃあ、難解な事件の時と一緒だろ?」 「――――それは……」 だが、白馬も同じじゃないのか、と、言いかけて止める。 しかし快斗は読みとったかのように、にっこりと笑った。やさしく、少し妖しげな色に瞳が揺れる。 「あいつの場合、オレは"すべて"の対象なんだよ」 「……?」 一瞬、不思議そうな顔をした新一に今度は自分から抱きついて、 「新一ぃ、一緒に寝ようぜv」などと猫撫で声でクスクスと笑う。 「オソワないからさ!」 そう、表情を少し変えて、男っぽく艶のある笑みを全開にして耳元でささやくと、「バーローッ!」 と新一が抱き込まれた身体をひねってもがいた。 「新一こそ誘ってんの?そんな抵抗だと、かえってオレ興奮……」 みなまで言わぬうちに、殺気を感じて飛びすさる。 新一の強烈な蹴りの一撃を寸前でかわして、舌打ちする新一に快斗はニヤリと笑った。 「蹴りの速度、落ちたんじゃねぇ?」 火に油。スッと雰囲気の変わった新一に嬉しそうに目を細めながら、ぺろりと上唇を舐める、 獣じみた仕草。 「おまえの怒ってる表情って、最高!」 怒気を濃くした新一に目を輝かせ、飛んでくる蹴りをかわしつつ身体をひねって掠めるように唇に触れると、 「じゃあな」と、いとも簡単にひらりと窓から飛び降りる。 「あの野郎……!」 相変わらずの俊敏さをいまいましく思いながら、手の甲で唇を拭うと、ふと目に入ったそれ―――― ローテーブル上に山とあった菓子類がきれいに消えている情景に、しばし沈黙し、脱力する。 「あんの甘党がっ」 ケケッと笑う姿までもが鮮やかに思い浮かべられ――――苦笑した。 「……ま、今回は見逃してやっか」 肩をすくめてソファに深く腰掛け。新一は見るでもなく、彼が消えた窓の外を眺めていた。 END |
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