交叉
 「おいキッド、"権道"って言葉、知ってっか?」
 「え?」
キョトンとした顔を面白くもなさそうに見やり、コナンは不敵な笑みを浮かべる。
「"権"は"かりに"の意。目的を遂げるための、便宜的な不正な方法ってやつだよ。 臨機応変の処置、とも言うな」
「……」
わずかに瞠目したキッドの表情に、コナンはすかさず言葉を重ねる。
「おい、勘違いすんじゃねぇぞ。オレはおまえのやってることを認めた訳じゃない。ただ……」
一瞬ためらうように口を閉ざした後、キッと顔を上げると、射抜くような瞳でキッドの瞳を捉える。
「ただ、おまえはどんな状況下にあっても決して人殺しをしないし、許さない。 怪盗やってるのも、災いの大元となった宝石を砕くためで、目的のものじゃなければちゃんと返してる。 その点に関してだけは、認めてやってもいいと思っているだけだ」
「――――……」
「蛇の道は蛇、って言葉もあることだしな」
そう言って、ニッと笑う。キッドの目元が微かに歪んだ。ふっと、破顔一笑―――― 清々しいほど綺麗な微笑みに、一瞬息を飲む。
「名探偵に認めていただけるとは、元より思っていませんでしたが――――」
「あぁ?」
「――――嬉しいですよ。工藤……新一、君」
「……おい」
嫌味や皮肉ではない、純粋な感嘆と真摯な感謝の言葉なのはその声から分かったが、突然呼ばれた本名に、 コナンは多少なりとも不機嫌になる。それが、好敵手と認める彼のことを自分は何も知らない、 知っていなかった、という事実に由来するものだとは、本人つゆほども気づいていなかったが―――― キッドには分かる気がして、笑みを深くした。
 舞台上の時の仕草でシルクハットを取り、マントを翻して一瞬のうちにキッドの変装を解く。 コナンの見開いた瞳、驚きの表情が可笑しかった……。
「カイト」
「――――!?」
「黒羽快斗、っていうんだ。よろしくな、名探偵」
にっこりと、キッドの時には見せない笑顔で微笑んで、手を差し出す。 それをしばし見つめていたコナンは、フンと鼻を鳴らした。
「怪盗と馴れ合う気なんざねぇよ。大体、何だそれは。嫌味か?俺の顔じゃねぇか」
一瞬大きく目を見開き、次いで快斗は爆笑する。
「地顔だぜ、これ」
「……はあ!?」
「おまえが元の姿に戻ったら、二人で並んでみてぇよなぁ?」
にっこにっこと笑う快斗に、しかめっ面だったコナンがすうっと目を細める。
「――――てめぇみてぇなアホ面を、蘭はオレと間違えたのか……」
ぼそりと、だが明かに聞こえるように言う。一瞬ひるんだ快斗ではあったが、
「おまえのこと見慣れてる幼馴染が間違えたってことは、だ。 おまえもそういう顔してるってことだよなっ?」
挑発的に言ってみると、コナンの眉がキュッとつり上がり―――― 挑むような瞳と、不敵な笑みに取って変わる。
 そんなコナンの顔が、キッドは好きだった。 小学生の江戸川コナンではなく、高校生探偵、工藤新一の仮の姿なのだということを実感させられる瞳。 時計台の対決の時からずっと気になっていた探偵、工藤新一の……。
「種明かししてくれた礼に、全て片付いたら迷わず監獄にぶちこんでやるよ」
ニヤリと、心底楽しそうな笑顔を向けられ、多少顔を引きつらせながらも、キッドは笑っていた。 自然と浮かんでくる微笑みは、抑えることが出来ず。 言わばこれで急所を押さえられた状態になったというのに、笑みを消すことが出来なかった。
 嬉しかったのだと、思う。なんだかんだ言っても認められたことが、ではない。 どちらかと言えば、在るべき共鳴がようやく上手く通じたというか、正しく道が通ったとでも言うか…… そんな、くすぐったいような、心地よいような感覚。
――――不思議だよな……
改めてそう思いながら、快斗は微笑み続ける。 ふと見ると、新一は訳の分からない共感めいた感情に、複雑な顔をしていた……。


 そしてここから、彼らの関係は微妙に変わってくることとなる。




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